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Posted by TI-DA at

2009年10月23日

ブログ移転します

てぃーだブログにずっと書いてきましたが、

思うところあり、アメブロに新たにブログを立ち上げることにしました。


まあ、ただの気まぐれという話もありますが…(^^;)


↓ということで、今後はアメブロでお会いしましょう♪

「Happy Ways ~幸せの近道~」
http://ameblo.jp/happyways/



てぃーだブログさんにはお世話になりました。

ありがとうございます。



記事はこのまま残しておくことにしましたので、

よろしかったらご覧下さい。
  


Posted by すなふきん at 01:01Comments(0)

2009年10月20日

喜びを表現しよう♪

私は、感情表現が苦手…というか、

あまり豊かなほうではありません。


人からポーカーフェイスと言われたり、

クールだと言われることがよくあります。


常々、かみさんからも

「どうしていつもぶすっとして不機嫌そうにしてるの?」

と言われていました。



親しくなった人からは、

「もっと笑っていたほうが、あなたの本当の良さが伝わるのに…」

とも言われます。


私自身、本当はクールなわけではなくて、

かなり感情的なほうだと思っているのですが、

意識してそれをあまり顔に出したり、

態度に出さないようにしていました。



先日、ふと改めて、自分がどうして感情を表現しないのかを

考えてみました。



すると、一つの出来事が思い浮かんだのです。


それは、母親と一緒にいる場面でした。


父兄参観のときに、私が描いた写生が廊下に展示されていて、

それを見ていた他の子のお母さんが、

「まだ小学生2年生なのに、この子は陰影を描いているなんてすごいわね」

「そうね、この子だけだわ」

と関心していたと、父兄参観から帰ってきた母から聞いたのです。


母はそのことをとても誇らしげに嬉しそうに話していました。


それを聞いたとき私も、(やった~!)と、自分の絵が褒められたことが

とても嬉しくなりました。



そして喜んでいる私に向かって、母は続けてこう言ったのです。


「その程度のこと、お姉ちゃんだってできてたのよ。

 だからそんなにたいしたことじゃなんだけどね」


私はそれを聞いたとき、

(ああそうか、その程度のことはたいしたことではないのか…)

と思ったのです。


嬉しい気持ちはありましたが、頭では(その程度のこと…)

と嬉しさを抑えてしまったような気がします。



母は嬉しさを顔には出しても、言葉では表現しないところがあります。


だから、「その程度のこと…」という言葉も、

きっと照れ隠しのようなところがあったのだと思うんです。


しかし、子供の私はそのまま額面どおりに、

「その程度のことで喜んじゃいけないんだ…」

と思ってしまったのです。



ふとそんな記憶が蘇ってきて、

自分がどうして喜びの感情を隠すようになったのかが

わかった気がしました。


「嬉しいと感じすぎてはいけない」


そんな心のブレーキが、無意識にかかっていた。


だから、嬉しい時でもたいしたことが無いように

振舞っていたんだなあ、ととても腑に落ちたのです。



そのことに気付いた瞬間、

「これからはもっと喜んでもいいんだ!」

「これからはもっと嬉しいって感じてもいいんだ!」

と、開放感と共に、とても幸せな気持ちが湧いてきました。



そしてその直後、私と共にいた息子が、近くにいたおじさんから、

「きみはとってもハンサムだね~^^」

と言われ、息子が褒められたことが嬉しくなった私は、

「よかったね~褒められて^^♪」

と満面の笑顔で答えていました。


普段なら作り笑顔でやり過ごすところを、

この時は心から「嬉しい!」という気持ちを

自然に表現していました。


それからというもの、小さな事でも

「嬉しいな~^^♪」

と感じ、表現できるようになってきました。


クライアントさんが良くなっていく姿を見たり、

良くなったという報告を聴いても、

いっしょに喜べるようになったのも、

とても嬉しい変化です。


(それまでは、正直あまり嬉しいと感じることは無かったのです…^^;)




また、今回のことでの気付きはそれだけではありません。


よく心理療法ではいろいろな方法で心のブレーキを扱うのですが、

その時の私はまったく心理療法をするとこなく、

気付いただけで、「自分の中ががらりと変わる」

という体験をできたこと。


これはとても新鮮でした。


怖れなどのネガティブな感情が無い時は、

ただ気付くだけで変化が起こるものなのだということを

身を持って体験できたことが大きな発見でした。



そして何より、喜びを感じることを自分に許せたことで、

人生が何倍も楽しく、喜びに満ちたものになりそうで、

それもまたとても嬉しいのです^^♪



ということで、これからはもっとブログの中でも

喜びを表現してもいいかな~と思っている今日この頃です(^^)
  


Posted by すなふきん at 22:08Comments(2)

2009年10月15日

人生を豊かにするもの

■本当に優先すべきこと


私達が、日々行っていることを分類すると

大きく4つに分けることができます。



1.緊急かつ重要なこと

2.緊急ではないが重要なこと

3.緊急だが重要ではないこと

4.緊急でも重要でもないこと




このうち、どれを優先したらいいでしょうか。




ほとんどの人は、1番の「緊急かつ重要なこと」と答えると思います。


私もそうだと思っていました。




実は、一番優先すべきことは、



2番の「緊急ではないが重要なこと」



なのです。




■死ぬまでに成し遂げたいこと



緊急ではないが重要なこととは、


「死ぬまでには成し遂げたいこと」


「やらないと後悔すること」


「いつか必ずやりたいこと」


です。




1番の緊急かつ重要なことは、

やらないわけにいかないことだから、

誰でもすぐにやります。



しかし、緊急ではないが重要なことは、

いつか時間ができたらと思いながら

どんどん先延ばしにしてしまいがちです。



そうこうするうちに、また急を要することが起こり、

いつまでたっても手が付けられないまま…

ということになってしまいます。



そして、

「ああ、あの時なぜやっておかなかったんだろう」

と後悔する日が来るのです。



余裕ができたらやってみたい…。


時間ができたらやりたい。


いつかできたらいいなあ…。



そう思っていることはありますか?



■心を豊かにするもの



緊急ではないが重要なことは、

人生を豊かにしてくれます。



ゆとりができたら温泉にでも行きたいな。

お金が貯まったら、両親に旅行をプレゼントしたいなあ。

無理かもしれないけど、いつかマイホームを建てたいなあ。

死ぬまでには、船で世界一周してみたいなあ。



今すぐにはできないかもしれません。



しかし、今から準備を始めることならできるはず。



そして、そういうことに意識して時間を使うようになると、

心が豊かになります。


たとえ夢がかなっていなくとも、

夢に向かって一歩一歩進んでいると、

人生が豊かに感じられるようになるのです。



心が豊かになると、結果的に夢をどんどんと引き寄せ、

実現する力も強まります。



いつかやってみたいこと。


死ぬまでにはやりたいこと。



いつから手を付けますか?


何からなら、今のあなたにも始められますか?

  


Posted by すなふきん at 01:10Comments(0)こころ

2009年10月11日

どうせやるなら…

引越しから一週間ほどたって、ようやく荷物も片付いてきました。


物を整理していると、要らない物、

使っていない物もたくさん出てきます。


気付くといろいろと溜め込んでいるものです。


この機会に、要らない物、使っていない物を

手放して整理してみたいなと、思いました。


そして、心の中の要らないものも、

整理したほうが良さそうです(^^;)



■選択するということ


人生は選択の連続だと言います。


自分で選んだ結果が今を創っている。


しかし、それが分かっていても、

ついつい今の自分の行いを見ずに、

習慣で動いてしまっている自分。


自分で選んだはずなのに、いつの間にか嫌になって、

”やらされてる”という気分になっていたり。



「今の自分はそれを続けたいのか?」

「ゼロから始めるとして、それをもう一度やりたいのか?」


常にそう自分に問いかける必要がありそうです。



■どうせやるなら


嫌になってしまったことを、もう一度「やる」と選んだら、

やはり「やる」と決意することが大切です。



そして、


「どうせやるなら楽しくやる」



一生懸命やってみる。

やりきってみる。




そうすると、あれだけ嫌だった気持ちが、

いつの間にか楽しい気持ちでやれるようになる。



だから、どうしてもやる必要があることは、


「どうせやるなら楽しくやる」



いやいややるのも選択なら、

楽しくやるのも選択。



どちらがよりハッピーでしょう?
  


Posted by すなふきん at 22:24Comments(0)こころ

2009年10月05日

引越し

今日は、新居への引越しでした。


前々から荷物を整理して、準備していたものの、

荷造りが終わったのは、なんと当日の早朝4時!

ほぼ徹夜での作業でした。


こんなところにも、行き当たりばったりな

夫婦の性格が現れています(苦笑)


今は、無事引越しも終わり、荷解きと片付けに追われています。

周りは荷物の山、山、山…。


果たしていつ終わることやら…(^^;)


今日は、慌しく過ぎ去った一日でした。
  


Posted by すなふきん at 23:30Comments(0)日常雑記

2009年10月03日

性格に良し悪しはない

■長所、短所って何だろう?


長所、短所という言葉があります。


「長所を伸ばし、短所を改めなくてはいけない」


そんなことを誰かから言われたり、

誰かが言っているのを、聞いたりしたことは

あるでしょうか。


私は、そもそも長所とか、短所というのものは、

絶対的に存在するものではないと思っています。


自分にとって、役に立つか、害になるかという判断によって、

長所とか、短所と言っているだけなのではないでしょうか。



例えば、”害虫”とか”益虫”という言葉があります。


あれは、人間にとって害があるとか、益があるという意味であり、

宇宙的に見たら、害でも益でも何でもなく、

ただ存在している虫に過ぎません。


(虫からしたら、たまったものではありませんが…)



中立な立場で見れば、短所も長所も、

幻想に過ぎないのではないでしょうか。


過去の体験によって、

その性格でいい思いをしたのか、

嫌な思いをしたのかで、

短所か長所かを判断しているのだと思います。



■統合すると本来持っていた力が現れる



心理療法のスキルのひとつに「統合」というものがあります。


短所と長所を、両手のひらにそれぞれイメージで表現し、

その二つを一つに融合させるのです。


すると、短所、長所という区別の無い、

ありのままの自分のイメージが浮かび上がります。



しかし、この統合のスキルは、

まず短所のイメージを受け入れなければ、

うまくいきません。


そこで、必ず短所と仲直りしてもらいます。


ケンカしたときに仲直りするときのように、

「ごめんなさい」

と短所のイメージに謝ります。


すると、多くの方は、

「イメージが泣いているように見えます」

「イメージが小さくなったような気がします」

とおっしゃいます。



泣いているイメージは、

「やっとわかってもらえて嬉しい」

という気持ちや、

「今まで嫌われて本当に悲しかった」

という気持ちを表現しているのかもしれません。


小さくなったイメージは、

「自分にとって気にするほどのことではなくなった」

という気持ちを表現しているのかもしれません。


その上で統合をすると、

本当に美しいイメージが浮かび上がります。


光の珠のようなイメージであったり、

あたたかいハートであったり、

翼を広げた鳥であったりと、

十人十色、一人として同じイメージはありません。


そのイメージは、背伸びするわけでもなく、

卑下するわけでもない、

本来の自分が持っている個性を表しています。


本来持っている、自分の才能を表現しているのです。



性格のひとつを嫌っていたときには、

その性格は自分を苦しめ悩ませますが、

自分がその性格を個性として受け入れると、

自分にとってかけがえの無い個性として、

勇気や力を与えてくれる存在になります。



自分が短所と嫌っていた性格があったからこそ、

得たものも本当はあったはず。



あなたが短所と思っている性格のおかげで、

あなたが助けられたこと、

感謝できることを思い出してみてください。


そしてその短所に、

「今まで嫌ったり無視したりしてごめんなさい」

 私のことをどうぞ許してください。

 そんな私のために、今まで助けてくれてありがとう。

 力になってくれて、ありがとう」


そう伝えてみてください。



何かが変わるかもしれませんよ(^^)

  


Posted by すなふきん at 00:19Comments(0)こころ

2009年09月29日

目的よりも大切なこと

■道草


子供と一緒に歩くと、目的地まで時間がかかります。


あっちにふらふら、こっちにふらふら、

せっかく前に進んだと思ったのに、

気になるものがあると、また逆戻りしたり、

わき道にそれたりと、なかなか前に進みません。


子供にとっては、目的地に行くことを、

考えて歩いているわけではないので、

目の前に気になるものの方がずっと大事なのでしょう。


そうやって、道草をしながら歩いていると、

今まで見過ごしていたような、小さな発見がたくさんあります。


例えば、マンホールのデザインとか、

道端に落ちている変わった石とか、

池に住む見たこともないような変な生き物とか、

今まで気付かなかったことがたくさんあったことに、

気付きます。


■目的か、それともひらめきか


思えば、自分が子供の頃も同じように、思いつきで行動していました。


遊ぶときに目的なんてあるわけもなく、

ただ、目の前のことが楽しくて、

他にもっと楽しいことを発見したら、

別な遊びに変わっていたりして、

それがまた面白かったことを思い出します。


遊びのルールもあってないようなもので、

もっと面白いやり方が見つかれば、

勝手にルールを変えて楽しんでいました。


そもそも、楽しもうという意識すらありません。


面白そうなことを探しては、ひらめいたことを

何かしらやっていました。



しかし、大人になるにつれて、

そうではなくなってきたように思います。


いつの間にか、人生を効率よく生きることを、

目的にするようになっていた気がします。


確かに、目的を持って何かをすることは、

限られた人生を生きる意味では、

大切なことなのかもしれません。



しかし、それ以上にもっと大切なことがあるような気がするのです。



■プロセスこそが面白い


自分の今までの人生を振り返ってみると、

目的を達成した瞬間を思い出すよりも、

その間の悲喜こもごもの経験の方が、

何倍も面白いことに気付きます。


ただひたすら、目の前のことに一生懸命になると、

不思議なくらい偶然の幸運が重なり、

何かに導かれるかのように、

面白い出来事がたくさん起こりました。


その時々は、四苦八苦していたのだけれど、

振り返ってみると、それがいい思い出になっていて、

とても大切な宝物のように感じます。


どの行動にも、一応目的はありましたが、

やっている時はそんなものはどうでもよく、

ただ目の前のことに一生懸命で、

それがとても気持ちよかった…。


そういう生き方をしているときは、

悩みもまったくなく、


…いえ、悩んでいたのかもしれませんが、

それよりも、目の前のことしか頭に無かった気がします。



■意味は必要ではない


子供は一瞬一瞬、今ここにしかいません。


そんなふうに目の前のことにひたすら打ち込むことは、

とても幸せなことだと感じます。



何かのために、というのもありですが、

何の役にも立たないようなことに、

一生懸命になるのも、またありなのではないかと思います。



今やっていることに、意味が感じられないときは、

意味を探すのではなくて、

まず一生懸命になってみることもありなのかも…。


そんなことを思いました。



  


Posted by すなふきん at 23:19Comments(0)

2009年09月29日

運命の人はいる?

■ソウルメイト


前世療法をしていると、

「ソウルメイトを知りたい」

とおっしゃるクライアントさんがいます。


例えば、

「今付き合っている人がソウルメイトかどうか知りたい」

という方です。



実は、私はソウルメイトについてよく知りません(^^;)


あまり興味が無いのです。



”魂の絆で結ばれた、運命の人”というような意味だと

解釈していますが、これであっているのかどうかはわかりません。



私なりの解釈で言う、ソウルメイト=運命の人は、

私は、存在すると思っています。



■ソウルメイトは特別な関係ではない



運命の人は存在する、と私は思います。


しかし、それは”特別な人”というような意味ではありません。



”自分が「この人が運命の人だ」と思った人が運命の人”


というのが、私なりの解釈です。



例えば、

「今付き合っている人がソウルメイトかどうか知りたい」

という方の場合、

「あなたがソウルメイトだと思うなら、ソウルメイトなのでは?」

ということです。



私は、前世はあると思っているのですが、

出会う人、特に人生で長い時間を過ごす人や、

重要な人などは、前世でも縁が深かったのではないかと

考えています。


そしてお互いに影響を与え合いながら、

成長していく機会を与えられているのはなないかと

思っています。



そういった意味で言えば、出会う人全てがソウルメイトであり、

運命の人なのかもしれません。



ソウルメイトに出会いたいという方も、

実はすでに出会っていることに、

気付いていないだけなのかもしれません。



実は目の前の人がソウルメイトなのに、


「ソウルメイトはどこにいるんだろう…」


そう考えていたら、いつまでたっても、

目の前にいる大切な存在に気付けません。


そして、ジプシーのように、

ソウルメイト探しをし続けてしまうかもしれません。



目の前の人を、ソウルメイトだと思って大切にする人は、

相手からもソウルメイトのように、大切にされると思います。



「この人はソウルメイトかな…」



そう思いながら生きるより、とても豊かな生き方だと思います。



私もそれができているとは言えません。


口で言うのは簡単ですが、やるのは難しいです。


だから、日々練習中です(^^;)ゞ




やっぱり、目の前にいる人を大切にしていこう。




意を新たに思いました。

  


Posted by すなふきん at 00:36Comments(0)

2009年09月28日

散歩日和

今日は、転居先の高幡不動近辺を、子供と一緒に散策しました。


子供と一緒なので、道草しながらの散歩です。


道路脇で土をいじったり、公園で水遊びしたりと、

自分の世界に入って夢中で遊んでいます。





歩くのもだいぶ早くなって、

気をつけていないと車道に飛び出しそうになったりして、

見ているこちらも、気が休まりません(^^;)


少し前までは、歩くことすらやっとだったのに、

今では、走りだしそうな勢いです。


子供の成長って、早いです。



大人も成長しないと付いていけないなあ…(笑)  


Posted by すなふきん at 00:29Comments(0)日常雑記

2009年09月27日

体調と心の関係

■体調不良者続出!?


最近、不思議なくらい体調を崩されている方、

崩しがちな方とよくお会いします。


やらなければと思うのに、体が言うことを聞いてくれない…。

やりたいのに、体がブレーキをかける…。

ここぞと言う時に、寝込んでしまう…。


そういう方とお会いしているうちに、

さすがにこれは何か自分へのメッセージだと

思うようになりました。



実は私も、体が疲れやすくなっていました。


今は、無理してでも頑張るべきときだと思っているので、

ついつい体のことは二の次にしてしまい、

その疲れが溜まってしまったのだと思います。


ちょっと小休止して、のんびりと自分の時間を過ごしたり、

家族との楽しい時間を取ってみようと思いました。



そこで今日は、久しぶりに家族と外食することにしました。

楽しい時間を過ごしたので、少しリフレッシュできました。


こういった充電時間はやっぱり必要だな、と感じました。



■体と心の関係


体が悲鳴をあげているとき、心も悲鳴をあげています。


体調を崩すほどに頑張っているときは、

自分の本音を無視しているときです。


そんな時、理性では、


「~をやるべきだ」

「~しなくちゃ」


と考えていても、潜在意識では、


「ほんとは別なことをしたいのに…」


と思っています。



理性と本音が一致しているときは、エネルギーが湧いてきます。



しかし、理性と本音が葛藤しているときは、それが疲れとなって現れます。


葛藤に使う分だけエネルギーを無駄に消費するからです。



こんなとき、心理療法では理性と本音を統合します。


すると、葛藤していたエネルギーが昇華されて、

別次元のエネルギーへと変化します。


本来持っていたエネルギーが戻ってくるので、

葛藤していた以前の状態よりも、

パワフルになることもあります。



体調がすぐれない、疲れやすいという方は、

理性と本音が葛藤しているかもしれません。



本音のあなたは、何と言っているのでしょうね…?


  


Posted by すなふきん at 00:10Comments(0)こころ

2009年09月25日

ゆっくり噛んで食べるように

先日、テレビで長寿の秘訣として「よく噛んで食べること」を推奨していました。


よく噛むことで、消化を促したり、免疫力を高めたり、

脳の働きを活性化したりと、体にいい働きがあるとよく聞きます。


心にもいい働きがあるのではないかと思います。


じっくりと噛みしめながら食べると、味わいをゆっくりと楽しむことができます。

時間を気にして急いで食べているときは、味もよくわかりませんが、

時間をかけて味わって食べると、心も豊かになるように感じられます。


食べることへ感謝の気持ちさえ感じることができます。



よく噛んで食べることは、人生と同じだなと思います。


若い頃は、がつがつとたくさんの量を急いで食べていました。

質より量があれば良かったのです。

安くてボリュームがあるというだけで満足でした。


年齢を重ねるごとに、消化能力も衰えてきて、

量を食べることができなくなると、

多いだけに食事には興味がなくなりました。


特に、昨年の夏、体調を崩したときにそれを実感しました。

胃腸の調子が悪くなり、体に負担の少ないものを、

じっくりと噛んで食べざるを得なくなったのです。


それからは、なるべく体にいいもの、負担の少ないものを、

よく噛んで食べるようになりました。



人生も、若い頃は何でもかんでもやってみたい、と貪欲に貪りますが、

年を重ねると、本当に自分にとって大切なものに時間をかけるようになります。


そして、人生で起こる出来事のひとつひとつを味わうように、

よく噛みしめるようになります。


若い時は脂っこい食べ物のように、刺激的なものを求めていたのが、

年を重ねると、白いご飯や玄米のおいしさのように、

一見地味で、普通の何気ない日常に喜びを感じるようになります。


幸せは、特別なものではなくて、

本当は、何もなく平穏に過ごせている毎日の中にあるんだと、

感じられるようになっていきます。



ゆっくりとよく噛んで食べるように、

人生をじっくりと味わって生きたい。


改めて、そう思いました。  


Posted by すなふきん at 23:33Comments(0)こころ

2009年09月24日

人と比べない

■競争ってハッピー?


私達は、小さな頃から競争の中で生きてきました。


学校などで、テストで成績や順位を付けられたり、

運動会などで順位を付けられたりと、

人と比べられる機会がたくさんあったと思います。


競い合うから「もっと頑張ろう!」と、

努力するという良い面もあります。


しかし、負けて「自分ってだめだなあ…」と、

劣等感を強めてしまう人もいるなど、悪い面もあります。



私は、何よりも競争に勝つことが良くて、負けることは悪いという価値観が、

人の価値を勝ち負けで見てしまうという寂しい現実を作ってしまうことが、

問題であると思います。


私には、人と比べて優劣をつけることが、ハッピーであるとは思えません。


例えスポーツであっても、人と比べる、競争するというのは、

ハッピーなこととは思えないのです。


なぜなら、勝つ人がいれば、必ず負ける人がいるからです。

優勝者以外は、全員敗者です。


競争に勝つことが良いことだとすれば、

負けた人は、嫌な気持ちを感じてしまいます。


果たして、それは全員にとって、ハッピーなことなのでしょうか?



■競争するのをやめたら…


私は、競わなくても全員がハッピーでいる方法はあると思います。


それは、競争をやめることです。

人と比べるのをやめるのです。


そもそも、人と比べるなんて、ナンセンスです。

それぞれ持って生まれた環境も違うし、

持って生まれた体も、性格も人それぞれです。


元々、才能がある人もいれば、無い人もいます。


スピリチュアルな視点で言えば、

魂の幼い人もいれば、成熟した人もいます。


それらを無視して比べたって、何の意味もありません。



本当は、みんなどこかではわかってはいるのではないでしょうか。



ただ、小さなころから競争して勝つことが良いのだと刷り込まれてきているので、

無意識に人と比べて、勝ったとか、負けたとか

やってしまっているだけなのではないでしょうか。



■競争よりハッピーな方法


「競うことをやめたら、向上心が無くなってしまうんじゃないの?」


そういう意見もあるかもしれません。


私は、人と争わなくても、向上心を持ち続ける方法があると思います。



それは、自分と比べることです。



昨日の自分より成長すること、

チャンレンジすること、前進することで、

向上心を持ち続けることはできます。


それぞれが、以前の自分よりも一歩でも二歩でも

成長しようとするなら、争うことなく向上することができます。


そして何よりも、争いが無くなることで、

平和な関係を築くことができることがとても大きいと思います。


今の自分よりも前に進む。

昨日の自分よりも前に進む。

一ヶ月前の自分よりも前に進む。

一年前の自分よりも前に進む。


人とは比べない。


たったそれだけで、もっとハッピーになれるのではないでしょうか。


大げさかもしれませんが、平和な世界だって創れるのではないかと思えてきます。



今のあなたが一歩前に進むために、

無理なくできることって何でしょうね?


  


Posted by すなふきん at 01:21Comments(2)

2009年09月23日

天職は自分で創るもの

■好きなことをすれば成功する?


「好きなことを仕事にしなさい」

成功者たちの中には、そうおっしゃる方がいます。


確かに、好きなことの方が、嫌いなことよりも

努力することが苦にならないし、それだけ情熱を注ぐことができます。


嫌いなことを頑張るのは、とてもエネルギーが要りますが、

好きなことなら、やればやるほどエネルギーが湧いてきます。


好きなことに熱中していたら、あっと言う間に時間が過ぎていた、

なんてことは、よくあることです。


それだけ、好きなことに一生懸命になれば、

うまくいくに決まっている、というのが、

きっと成功者の伝えたいことなのでしょう。



■”好き”という感情の落とし穴


しかし、好きという感情には、気をつけなければならない、

落とし穴が存在します。


この”好き”という感情、実はとても儚く、

移ろいやすいものだという事実です。


例えば、昔とても好きだったものが、

今では何とも思わなくなってしまったってこと、

よくあるのではないでしょうか。


すごく好きになったものほど、飽きたときや、

何かの拍子に嫌いになったときの反動は大きいものです。


もう二度と見たくもない、やりたくもないと思うことすらあります。


好きになるのが一瞬ならば、

嫌いになるもの一瞬です。


好きでい続けることは、簡単なことではないのです。



■天職って何だろう?


私は以前、天職というものがこの世に存在するなら、

自分の天職をぜひ知ってみたいと思っていました。


おかげさまで、今はその天職を見つけられたかどうかは分かりませんが、

やりがいのある仕事に就くことができました。


ただ、その道も決して平坦なものではなく、

自分がやりたいと思ったはずの仕事を、

一度は嫌いになったこともあったのです。



そこで随分と悩みました。



好きで始めたはずなのに、一体どうなってしまったんだろう?

天職かもって思ってたのに、どうして嫌いになっちゃったんだろう?



そして、あるとき気付いたのです。



この世に、天職なんて、そもそも存在しないということに。



「これがあなたの天職です」



なんていうものは無いということに、気付いたのです。



自分が「これが天職だ」と思えばそれが天職だし、

「これは天職ではない」と言えば、それは天職では無い。


つまり、自分で天職だと決めているだけだったのです。



■天国も天職も創るもの


「てんつくマン」という方がいます。


お笑い芸人だった彼は、あるとき「映画を作りたい!」と思い立ち、芸人を引退します。

そして、映画の制作資金を作るために、路上で筆と墨で一人一人に

インスピレーションで言葉を書くというパフォーマンスを始めます。


その期間、なんと4年半。

彼の意気に同感した方々からの援助もあり、

長い月日をかけて映画は完成しました。


私もその完成した映画を、数年前に見ました。


「107+1~天国はつくるもの~」というタイトルのその映画は、

名もない人たちが、一生懸命何かにチャレンジする様を記録した

ドキュメンタリーでした。


作者が何を伝えたかったのかはわかりませんが、

私がその映画から感じたテーマは、

「自分が変われば世界は変わる」というものでした。


てんつくマンの”てんつく”とは、

”天国はつくるもの”という意味のようです。


「誰かこの世界を天国みたいにしてくれないかなあ」

「天国ってどこにあるんだろう」

「死んだら天国にいけるといいなあ」


そういう発想ではなく、


「だったら天国を自分達でつくっちゃえばいいじゃん」


という発想です。



天職もそれに似ていると思います。

天職を探すのではなく、自分で創ればいいのです。


もちろん、自分の個性に合った環境というものも、

存在すると思います。

それを見つけることも、大切です。


しかし、それ以上に大切なことは、

「自分で創る」つまり、

能動的に働きかけるという姿勢ではないかと思います。


仕事に不平不満を言っているときは、

誰かに何とかしてもらいたいと思っています。


自分で心地よい状態にしようと思ったら、

不満を満足に変えるべく、自分から働きかけることができます。


そうすれば、自分が主人公になって、仕事も創ることができるのです。



そして、自分が創ったものには、愛情が湧きます。

もっといいものにしたいと、一生懸命になります。


努力して、好きになろうとしても、

なかなか好きになれるものではありませんが、

自分のやっていることを愛することは、

そんなに難しいことではありません。


目の前のことを、一生懸命やればいいだけです。



愛があれば、多少の困難や、失敗も乗り越えられます。

嫌いになったとしても、それを一時的なこととして、

受け止め、真摯に向き合うこともできます。



天職を見つけたいと思ったら、好き嫌いの前に、

今の仕事を一生懸命やってください。



仕事で悩んでいる人は、

ぜひ今の仕事を大切にしてあげてください。



そうすると、いずれ本当にやりたいことも見えてきますよ。

  


Posted by すなふきん at 01:11Comments(0)こころ

2009年09月22日

信頼とは見守ること

先日の記事で、安心感について書いてみました。

今回は、信頼について書いてみようと思います。


私は、信頼とは見守ることだと思っています。


相手のことにしても、自分のことにしても、

100パーセント信頼ができていなければ、

心から安心することができません。


「この人なら大丈夫」

「自分は大丈夫」


そう思えて、はじめて安心して、見守ることができます。


そして、何かあったとしても、フォローしたり、

その結果を受け入れることができます。


信頼しているときには、人に対しても、自分に対しても、

「大丈夫」という気持ちで、見守る姿勢があります。



では、信頼できないときはどんなときかというと、

「きっと無理だろう」という意識のときです。



人を信じられないときも、自分を信じられないときも、

実は人や自分を見放しているのです。


「この人はきっとできないだろう」

「自分にはこんなことはできるわけがない」

「無理に決まっている」


そういう目で、人や自分を見ています。


そんなとき、手や口を出す人もいるので、

見放しているとは言えないのでは?と思うかもしれません。


しかし、表面の意識では見守っているつもりでも、

無意識の中では、裏切られても大丈夫なように心の準備をしていて、

どこかで相手のことを、他人ごととして切り離して見ているのです。



本当は見守ることも、見放すことも、どちらも選択できます。



どちらを選んだらよりハッピーでしょう?

  


Posted by すなふきん at 00:24Comments(0)こころ

2009年09月20日

私は私のために生きる

■期待するということ


人の期待に応えなければと、

無理をしてしまうことってありますか?


私は、ついつい人の期待を感じると、

応えようとしてしまうことがあります。



 いい人に思われたいから?

 嫌われたくないから?



確かにそれもありますが、もっと深く見てみると、

こんなことに気付きました。



”自分の期待を人に応えてもらいたい。

 だから、自分も相手の期待にも応えなくてはならない”



実は最近、期待を裏切られたと感じることが、何度かありました。

そのたびに、不満や憤りを感じていました。


「なぜ~してくれないの!?」と相手を責めていたのです。



人の期待を感じて、それについつい応えてしまうのは、

実は「自分が相手を責めるように、相手から責められたくないから」

というのが本当の理由だと思います。



■期待を手放すと


試しに、期待を手放すと、どうなるだろうかと想像してみました。


きっと、相手に自分の要求を率直に伝えるようになる気がします。


自分の気持ちや要求を言葉で伝えて、コミュニケーションをとり、

お互いに納得するまで話し合うか、

どうしても折り合えないときは、あきらめるのではないかと思います。



ゲシュタルト療法の産みの親、フリッツ・パールズは、

健全な人間関係について「ゲシュタルトの祈り」という詩で表現しました。



「私は私のために生き、あなたはあなたのために生きている。

 私はあなたの期待に応えるために、生きているわけではない。

 あなたも私の期待に応えるために、生きているわけではない。

 たとえ分かり合えなくても、お互いの素晴らしさに変わりはない。

 そして、分かり合えることがあれば、それもまた素晴らしいことだ」


(原文のままではなく、私なりに解釈した言葉にしています)



今、この言葉を唱えていると、とても腑に落ちる感じがします。



”お互い期待に応えるために生きているわけではない。

 それぞれが自分のために生きているんだ。

 そう理解することが、お互いを尊重するってことなんだ”



この詩はそう教えてくれているように思います。


私はこの詩を思い出したとき、

これからは、どんなときも正直に、

「私は私のために生きる」

という選択をしようと思いました。



ついつい無理をして期待に応えてしまうと言う方は、

この詩を読んでみてください。



どんな感じがするでしょうか。

  


Posted by すなふきん at 00:55Comments(2)こころ

2009年09月18日

安心感があってこそ楽しめる

■見ていてくれるかな?


子供の世話をしていると、いろいろなことに気付かされます。


最近は、公園や児童館、近所の川での水遊びなど、

子供といろいろな場所に出かけます。


子供が遊んでいるところを見ているのは、

親としてほほえましいものです。


子供が遊んでいるところを見ていると、

時々くるっとこちらを振り返ります。


まるで、「ちゃんと見ていてくれてる?」と確認されているようです。


そして、見ていてくれていると分かると、

安心して、また遊び始めます。


こちらが笑いかけると、本当に嬉しそうに笑います。


しかし、こちらが何か考えごとをしていたり、

違うものに気をとたれていると、近くに寄ってきて、

足元にまとわり付いてきます。


時には、泣きぐずってしまうことも…。


きっと、見ていてくれないと、不安なのでしょう。



■安心感があるから


人は、悩んでいるときは心から楽しむことができません。

それは、根底に不安があるからです。


子供が親に見守られているからこそ、楽しく遊べるように、


大人も心から安心できてこそ、目の前のことを楽しめたり、

新しいことへチャレンジしたり、自分の枠を超えて冒険ができるのです。



やる気が湧かない…。

何をしたらいいのかわからない…。


そんなときは、無理にやる気を起こそうとしないで、

まず、悩みを解決して、心から安心することが先決です。


そうすれば、自然にやる気は湧いてきます。


最近やる気が湧かないなあ、と思ったら、

「自分の中に不安を感じていることはないかな?」

そんなふうに探してみるといいかもしれません。
  


Posted by すなふきん at 23:23Comments(0)こころ

2009年09月17日

引越し

来月、自宅を引っ越すこととなりました。


今住んでいるところが来月で契約満了だったので、

更新するつもりでいましたが、

ふと気が変わって、引っ越すことにしたのです。


急遽決めたことなので、慌しくなってきました。


次の住まい探し、引越しの段取りなど、やることがたくさん。

次の家は見つかり、引越し屋さんへの手配もおわったので、

後は荷造りや、関係各所への連絡などをしなくては。


今月から来月にかけて、忙しくなりそうです。



夏から秋へと、季節の変わり目を肌で感じますが、

自分自身の意識の変化も、何となく感じている今日この頃です。

  


Posted by すなふきん at 23:13Comments(0)日常雑記

2009年09月16日

幸せな恋愛をしたい方へ

■幸せな恋愛をしたい方へ

かみさんが、恋愛セミナーを開きます。

それも立て続けに2本も。

どちらも幸せな恋愛をされたい方におすすめのセミナーです。


ひとつは来週の連休にある「開運数秘術講座」

こちらは、仙台で活躍する占い師、

宮丸恵さんとのコラボセミナーです。


数秘術(カバラに伝わる秘伝の占い)で

今の自分の課題や、自分の強みを知り、


心理セラピーで、自分をもっと好きになる。


結局、幸せな恋愛ができるもできないも、自分しだい。

自分を愛している人は、人からも愛されます。


自分を愛せるかどうかが、幸せな恋愛をつかめるかどうかの鍵です。


自分を愛するってどういうことかを、

実感させてくれるセミナーだと思います。



もうひとつは、10月から始まる連続セミナー

「恋愛力UPセミナー」

これは、以前私も関わっていましたが、

今回はかみさんが単独で行います。


前回は、なんと受講者から2名の方が幸せな結婚をされました

お二人方とも、セミナーを受けた時点では、

まだ誰ともお付き合いしていなかったようです。


正直、主催者のほうがびっくりしました(笑)



今回、彼女が一人でセミナーを行うにあたって、

このセミナーへの想いをブログの中で書いているようです。

http://ameblo.jp/kaorin-heart/entry-10339325615.html


興味があればのぞいてみてください。



開運数秘術と恋愛力UPセミナーの詳細

http://www.kaorin-heart.com/seminar.html  


Posted by すなふきん at 22:55Comments(0)お知らせ

2009年09月08日

すべてはうまくいっている

先日、パソコンが修理から戻ってきました。

携帯電話も新しくなりました。


しばらく連絡が取りづらい状況でしたが、

もう大丈夫です。

いろいろとご心配とご迷惑をおかけしてすみませんでしたm(_ _)m



■すべてはうまくいっている

最近、我が家ではこんな合言葉を使っています。


「すべてはうまくいっている」


どんな状況でも、どんなことが起こっても、

「すべてはうまくいっている」


例えば、不幸と思えるようなことや、

不運と思えるような出来事であったとしても、

「すべてはうまくいっている」

とお互いに言っています。


もちろん、うまくいっていることにも、

「すべてはうまくいっている」

と言っています。


そして、ただ合言葉を言うだけでなく、

踊りながら言うのです。


カニのように手をあげて、左右にステップを踏みながら、

「すべてはうまくいっている!」

と言いながら踊るのです。


おそらく、傍から見るときっと怪しい風景に見えると思います。

(一応、家の中でしかやりませんが)


何やってんのと思われるかもしれませんが、

これがやってみると、とてもいい感じです。


嫌な気持ちが、踊りだすと一瞬で笑いに変わってしまいます。

そして、どんなことでも前向きに捉えることができてしまうのです。


そんなアホみたいなことで、と思われるかもしれません。


いえ、アホみたいなことだからこそ、いいのです。


これをやり始めてから、立ち直りが早く、行動的になりました。


そして、実際にうまい具合に事が運び始めています。



■こんなハッピーも…


先日、携帯電話が壊れたとお話しましたが、

実は、これにも意外な展開があったのです。


初めはいろいろとお金がかかるし、

手間だから嫌だなあと思っていました。


しかし、携帯電話会社に相談してみると、

機種を変更するお金もほとんどかからずに、

しかも以前の料金よりも安くなることが分かりました。


更に、ここ連日にかみさんが電気店で買いものをしたときに

来店ポイントが当たるというラッキーもあり、

一円も払うことなく新しい携帯電話が買えたのです。


携帯が壊れてまいったなと思っていましたが、

実はこれも「うまくいっている」ことだったのです。


パソコンも、壊れたおかげで、夫婦で話し合う機会が多くなり、

更に仲が深まりました。


子供が寝た後に、お互いパソコンで仕事などをするので、

どうしても夫婦二人の時間が少なくなってしまい、すれ違いもあったのですが、

パソコンが壊れたおかげで、じっくりと向き合う時間ができて、

とても良かったと思っています。


また、いろいろと見直さなければならないことも、

この機会にと見直しました。


今までは、何も考えずにパソコンに向かって、

無為に何時間も過ごしてしまっていることも

少なくありませんでした。


今は、時間を決めてやることを意識しながら作業しているので、

以前より効率も上がっている気がします。


そう考えると、やっぱり「うまくいっている」と思えてきます。


今の苦労や、心配ごとに気を取られずに、長い目でみて、

「すべてはうまくいっている」

そう思うことって、大切なことですね。

  


Posted by すなふきん at 23:06Comments(6)日常雑記

2009年08月30日

パソコンと携帯故障中です(汗)

現在、パソコンと携帯電話が故障中なので、

連絡が取りづらい状況になっています。

大変ご迷惑をおかけしております☆



■パソコンが…


つい先日、パソコンが壊れました。

突然フリーズして、どうやっても動かない様子だったので、

しかたなく電源を切ったところ、

次からは動かなくなってしまいました。


ガタンガタンとは音がするのですが、

それ以上は何にも起こりません。


修理を頼むと、修理屋さんから、

「中のデータは消去されますが、よろしいですか?」

と言われ、思わず

「は…はい……」

と答えたものの、バックアップを取っていないので、

やっぱりデータを消されては困ります。


データが消えたら、それまで何百時間かけて作ったデータが

全ておしゃかです(--;)


自力でパソコンの本体からハードディスクを取り出し、

ハードディスクとかみさんのノートパソコンとをつなぐために、

変換アダプタを購入して、四苦八苦しながらも、

なんとかデータは抽出することができました。



そして、今日、修理屋さんにパソコンを発送しました。

ついでに、調子の悪かったモニタも修理に。


とりあえず、今は、修理の見積もり待ち状態です。



■携帯、おまえもか…


そして、昨日は、更なる追い打ちが…。


携帯電話が壊れてしまいました(^^;)


バッグに携帯を入れていたところ、

一緒に入れていた子供の水筒の栓が甘かったせいか、

水漏れして、携帯も水浸し状態に…。


電源が一旦は入りましたが、

その後、ぱたっと切れて以来、

うんともすんとも言わなくなってしまいました(--;)


お~~~い!(^^;)


こういうことって、重なるものなのでしょうか。


思わず、笑ってしまいました(わっはっは・壊)


明日にでも、携帯を買い換える予定です(泣)



しかし、ただでさえお金がない時期なのに、

どうして、こんなことが重なるのか。


まあ、これも意味があるんでしょうが…。


きっと、これも流れのひとつなんでしょうね。




連絡がつかなくて、困っている方には、

すみません。

お詫びいたしますm(__)m


メールをいただいた分は、見ておりますので、

連絡はいたします。


しばらくお待ちくださいますよう

お願いいたします。  


Posted by すなふきん at 00:21Comments(0)日常雑記